暮らしに彩を与える
「生活芸術」作り続ける
遠藤久美店主
■唯一のこだわりは自然なリアリティー
──まずは店舗の歴史をお聞かせください。
遠藤 創業時期は、実ははっきり分からないんです。(笑)お店の蔵が確実に存在していたのが明治中期ごろなので、そう公称しているんです。というのも漆器作りは農家さんが農業の閑散期にする仕事だったので、正式な記録が残っていないんです。
これは私の推測も含まれているのですが、滋賀県に木之本(現・長浜市)という地名があります。その土地を治めていた蒲生氏郷が、会津に転封した際に職人を連れてきた歴史があります。創業者もその職人の一人で、屋号に故郷の地名を使ったのかもしれませんね。先代である父は、そんな代々続く漆器職人で、冠婚葬祭に使われるお膳やお椀など伝統的な会津漆器を作っていました。戦時中は木や漆など素材が手に入りやすかったことから、軍用食器も作っていたそうです。
──会津の伝統的な漆器店から、オリジナルの手造り工芸品を手掛けるようになったきっかけは?
遠藤 父の病気を機に帰郷して、家業を継ぐことになったんです。当時、私は東京で働いていたのですが、女姉妹の上の2人の姉は嫁いでいて、残るは私だけ。(笑)
東京でCMの製作に携わる夢を追い掛けてましたから漆塗りの修業をしたわけでもなく、専門学校で技術を勉強したわけでもありません。邪道と言われるかもしれませんが、この部分は木材や漆でなくてもいいと伝統工芸に対するこだわりがなかったのが、いい方向に作用したのかもしれません。そんな中でいろいろな方に助けを借りながら、確立したガラス細工への蒔絵細工が、お店の商品の特徴になっています。
当時は父と仕事をしていた男性の職人さんもいらっしゃいましたが、私の試みに反対するよりも、面白がってくれました。喜多方は商人のマチなので、若い人の挑戦には意外と抵抗はないんです。私が女性だったのも良かったのだと思います。
それと会津という土地も大きく影響していると思います。会津は生活基盤が盆地の中で集約されています。遠くに行かなくても使える素材があり、同じリズムで暮らす職人さんや異業種の方に教えを乞えたことも、新しいものに挑戦出来た要因だと思います。商品は、地元素材を手仕事で製作していますが、地元産にこだわったわけではなく、流れでそうなったのです。
──国土交通大臣賞を受賞した「桐の粉」の人形はどのような経緯で誕生したんでしょうか?
遠藤 夏には蒔絵入りの風鈴などの商品があったんですが、冬の商品がなかったんです。(笑)そんな時、商品を塗ってもらっていた会津坂下の職人さんが赤べこなどの「おっぺし人形」を作っていて、本気でやるならと誘ってくれたんです。おっぺしというのは方言で〝押す〟意味です。その名の通り粘土を木型に押し込んで作るのですが、木型の製作は難しく修正がきかない上、デザインも限られます。ならば私の得意な手びねりでやってしまおうという発想です。
素材の粘土はちょうどいいものが見付からず、試行錯誤しました。近所の製麺所さんに相談して、いまのラーメン粉にたどり着きました。桐細工の加工には、木屑が大量に出るのも知っていたので、焦がした木屑を混ぜるなど加工も試しました。初期のころはネズミが持っていってしまい、納品数が足りないなんてこともありました。(笑)いまはハバネロを混ぜて対策しています。
独自の粘土をこだわったのは、風合いや色使いに強い思いがあるからです。作品として許せない時は、不自然に見えてしまう時が多いです。感情表現は、喜怒哀楽が入り混じりながら表れますよね。唯一商品こだわっている点は、そんなリアリティーを追求することです。
■「自分の仕事に集中する」男性も女性も本質は同じ
──店舗2階には桐の粉人形のギャラリー「桐のこ人形館」(写真参照)がありますね。
遠藤 以前から経験したことを何か形に出来ないかと思っていたところ、ある方から「4~9歳に遊んでいたことを思い出してみたら」と言われてジオラマ作りをしていたことを思い出したんです。そのぐらいの年齢は周りを気にしないで遊ぶ時期だそうですね。お祭りや学校生活など、私の楽しい思い出を題材に製作しています。半分趣味の部分もありますが、これをやりたいから本業が頑張れるところもあります。世界観にリアリティーを持たせることは、商品と共通しています。作るとまだ新しいアイデアが出てくるんです。場所がなくてどうしようと思っています。(笑)
もう一つ理由を挙げるなら、自分が作りたいものを商品としてお客様が買ってくれることの喜びを再発見したことです。震災後に亡くなったペットの人形を作って欲しいという依頼があり、昨年まで取り組んでいたのです。ペットは飼い主さんの思い出の中のものですから再現するのは難しく、精神的に重い仕事でした。ジオラマの世界観を作るのは、心のリラックスタイムだったんです。仕事も癒しもモノ作りですから、私は本当に好きなんですね。
──職人さんは全員女性ですね。
遠藤 全員女性なのは、意識してでなく自然となんです。私たちの商品は、普段の暮らしに寄り添う「生活芸術」なんだなと、だんだん気付いてきたんです。家族の暮らしを担う女性の感覚を求めてきたから、この体制になったのだと思います。
女性が働きやすい環境を模索していますが、答えは見付かりません。私たちの仕事は追求すれば時間は無限大です。また、いい仕事をしなければ報酬ゼロです。その中で家庭も仕事も自分の裁量で出来るように、無休営業にしているんです。
私が言うのは「自分の仕事に集中して」だけ。チームで合計100個製作の仕事を、それぞれが100個を目指して向かう。その時に人を気にする暇はないと思います。その意味では、仕事への姿勢は男性も女性も同じだと思うんです。男性の方が過剰に意識し過ぎな部分もあるのかもしれませんよ。(笑)(聞き手・江藤 純)
■遠藤久美店主略歴
昭和33年2月9日生まれ。喜多方高校から跡見学園女子短期大学生活芸術科を卒業。夢であったCM製作の道を東京で模索するも、23歳の時に父親の体調不良により帰郷。漆器店を継ぐことに。現在、喜多方市内で母(前店主)のコトさんと2人暮らし。趣味は子供のころから続けている野菜作り。子供時代は、作物に名前を付けるほど熱中した。
■企業 DATA
設立:明治中期
所在地:喜多方市字天満前8859
事業内容:漆器・ガラス工芸・桐の粉人形など手造り工芸品の販売、桐のこ人形館の運営、蒔絵体験教室
従業員:14人
http://www.aizu-kinomoto.com/
(財界ふくしま2018年3月号掲載)