日本酒をおいしく飲む作法
「酒道」を広めたい
松本健男代表取締役
■鑑評会出品で品質を高める
――会社の創業は?
松本 創業が大正7年で、私が4代目になります。創業者は松本善六で、会津若松市甲賀町にあった「美家光」という酒屋が本家です。そこの六男だったので善六と名付けられました。
当社の特徴は、昭和の初めに南部の杜氏を呼んできたことです。会津の杜氏は新潟の越後杜氏が多かったので、当時としては画期的な試みでした。当時は生酛造り、山廃仕込みですが、新潟とは技術的に違う南部流の仕込み、酵母を増殖させる時の違いで、いままでの酒そのものが変わったのです。
それから、昭和48年からは鑑評会にも出品するようにしました。当時の会津のお酒は鑑評会にはほとんど出していなかったのです。純米づくりで吟醸酒を仕込み、鑑評会へ出品し、出品した同じものを販売出来るような体制も築きました。純米酒造りは会津では先駆けとなります。とはいっても、その当時は暗中模索での酒仕込みでした。なかなかうまくはいかなかったのですが、その蓄積で昭和61年から東北の鑑評会で金賞を取れるようになりました。その基礎的な部分の土壌が出来たからでしょう。いまでも鑑評会で賞が取れるのは、その時の工夫のお陰だと思っております。当時は発酵する時に酸が出てしまい、つまり、味のバランスをとるのに邪魔になっていました。
――具体的には、どういうことでしょうか。
松本 その前に、いいお酒とはどういうものかです。味には甘酸辛苦渋の5つの味があります。これを五味の調和といいます。それがまとまっていると、さわやかに飲めます。例えば「このお酒は甘ったるくて口の中に残るな」「辛いだけで味がない」、そういうお酒はその五味のバランスが崩れているのです。人がそれに反応してしまうのです。その中の特に酸のバランスが、その当時はうまくとれなかったのです。そういう経過があります。
――バランスがとれたことで受賞が増えてきたと。
松本 清酒の鑑評会そのものは、昭和56年ごろから脚光を浴びるようになりました。そのころからマスコミにも取り上げられ、一般的に知られるようになってきます。全国の鑑評会そのものは明治からありますが、当社が東北の鑑評会で初めて受賞したのが62年。大吟醸を鑑評会に出しますが、その中でも一番いいものを出します。
鑑評会に出すメリットは、蔵の作業工程の向上です。米洗いからお酒が出来るまでには大変な作業があります。その作業に手抜きがあるとお酒の味、先ほどの五味が悪くなる。しかし、鑑評会という目標があると、それを目指して作業することになります。純米酒は水と米が原料です。お客様から「おいしいお酒は米ですか、水ですか」と聞かれますが、「腕です」と答えます。
お酒は酵母菌、酵素菌の2つの微生物を扱います。その微生物を上手に仕上げていく、そのバランスが悪いと酒の質も悪くなります。微生物を仕込みでいかに大事に丁寧に育てるか、これにかかってきます。生き物を育てる作業です。酵母菌も酵素菌も単細胞の微生物なので非常に単純です。ですから、大事に育てないとすぐに反応してしまい品質にも大きく影響します。
他社との交流が技術の底上げに
――会津の造り酒屋は交流して品質向上の勉強をしているとよく聞きます。
松本 いまでこそ福島県のお酒は全国で2位の評価があります。今年は22社が金賞を取りました。昔はゼロの年もありました。そのような時、自己流のものを企業秘密のようにしてしまうと全体が伸びません。ところが、よその商品と比べると、自社製品のこの部分は弱い、ここは強いといったところが分かってきます。そこで高品質清酒研究会が平成12年に誕生しました。初年度から効果があり、それまでは5社程度だった金賞受賞が10社以上に増えました。いままで賞と縁がなかった会社はうれしいでしょう。
結局、自分の会社のお酒だけを飲んでいると、それがおいしいと思い込んでしまいます。ところが、いろいろなお酒を飲むと自社の悪いところも見えてきます。研究会では鑑評会に出品するお酒を持ち寄って目隠しで利き酒をします。採点し、集計すると点数のいいもの、悪いものが出てきますが、(鑑評会の)審査の結果と我々の評価がほぼ一致するようになりました。つまり、造り手側も研究会で研鑽し、10年掛けて審査員並みの能力がついてきたことになります。
――現在、銘柄は何種類提供されていますか。
松本 12種類のお酒があります。その中で昭和48年から取り組んできたものが純米吟醸の「善き哉」です。これが名倉山の純米づくりの基本です。そこから「月弓」という商品を出しました。黒の月弓は味のある純米酒に仕上げました。白は香りの華やかなお酒に仕上げました。秋の夜長に長く飲む時は黒の月弓、桜が咲き出した時は白の月弓でという飲み方が出来ます。来年、大河ドラマで新島八重が主人公になりますので、薫り高いものとして今年造った新酒の中に「会津の八重」という商品を出しました。華やかで薫り高く気品ときれいな甘さのあるスタイルに仕上げました。
――将来的な抱負をお願いします。
松本 日本酒の需要は減りました。これは、昔と違ってお酒の種類も増え選択の幅が広がったからです。ですから日本酒を飲む量は減ってくるのは仕方がないと思います。そこで提唱しているのが「酒道」です。お茶には「茶道」があります。酒の飲み方も茶道のように勉強したらいいと思っています。
一杯のお酒をどうやっておいしく飲むか。茶道は茶碗、道具から掛け軸、茶室など厳選されますが酒道も同じよういこだわってみる。酒道の作法は昔からあったもので、いまでも結婚式の三三九度などが残っています。正式な飲み方が礼講、その堅苦しさをなくして飲むのが無礼講です。お酒のおいしい飲み方も提供出来る酒屋にしていきたいです。(聞き手・磯貝 太)
松本健男代表取締役略歴
昭和32年8月2日、会津若松市生まれ。会津高校を経て京都産業大学を卒業。郡山市の笹の川酒造㈱に勤務後、57年に名倉山酒造㈱に入社し、61年から現職に就任した。家族は母、夫人と2男1女。趣味は将棋で、3段の腕前。
■企業 DATA
創業:大正7年
所在地:会津若松市千石町2-46
事業内容:日本酒の製造・販売
資本金:2,000万円
年商:2億4,000万円
従業員:14人
http://nagurayama.jp/
(財界ふくしま2012年11月号掲載)